これが私の選んだ道(6) メンタルスキル・コンサルタント 田中ウルヴェ京さん

自分だからこそできるコーチングめざし
アメリカでスポーツ心理学などを猛勉強


自分のやりたいことは何なのか
悩んだ末に、アメリカへ留学


tanakau4.jpg現役を退くとすぐに、指導の現場に出た。
「自分が今後こうしたいという明確な意志を持っていなかったこともあり、先生が“あなたは、コーチに向いている”と勧めてくださるのなら、そうなるべきなんだと思いました」 


だが、実際にコーチになってみると、選手のころとは勝手が違うことに、愕然とした。
「注目されるのは当然、選手。当時の私には黒子に徹するということの美学が、まだ若すぎて、よくわからなかった」


コーチ業にはやりがいも感じたが、ストレスもたまった。自分を見つめなおしたいとおもっていたときに、JOCの「スポーツ指導者在外研修制度」で、アメリカに勉強に行ってみないかと声がかかった。日本を離れて新しい環境に身を置くことで何かが見えてくるかもしれない。渡米後、「20代の残りすべてをかけてでも勉強したい」と思える学問と出合った。それが“スポーツ心理学”だった。

 

様々な競技の選手たちに、
メンタル面などから役に立ちたい


tanakau2.jpg「こんなときは、選手を怒ってはいけない」
「コーチングには、自分なりの哲学が必要」
知りたかったことが、心理学のテキストにたくさん載っていた。派遣期間が終わっても、自費で留学を続け、アメリカンの大学院を卒業。帰国後はアトランタオリンピック、世界水泳などのシンクロ代表チームのコーチを務めた。
学んできたことを選手のために生かせることが、うれしく、仕事に深い充実感を覚えた。


結婚、出産、そして夫の留学に伴い再びアメリカへ。心理学以外にもスポーツカウンセリングやアスレティック・リタイヤメントなど、次々にもっと知りたいことが出てきて、育児の傍ら猛勉強に励んだ。その後、日本で知人と会社を設立、「メンタルスキル・トレーニング」などを企業研修や講演などで行う。シンクロ選手だけでなく様々な競技の選手に豊富な知識と経験をもとにメンタル面でのサポートをしている。


「まだまだ半人前ですが、少しでも何か社会に役立てることができ、それが自分の本当にやりたいことだったと実感できることが、今は自分にとってとてもしあわせなんです」


現在に至るまでの軌跡

1989年
ソウルオリンピック後、引退。
翌年からコーチを務める。91年JOCスポーツ指導者在外研修員として、2年間、米国ナショナルチームヘッドコーチの下で研修


1995年
セントメリーズカレッジ大学院で、主にスポーツマネジメント、コーチ学、スポーツ心理学を学び、修士課程修了。帰国後は日本ナショナルチームのコーチを務める


1999年
フランス人の夫の留学に伴い、長男を連れて渡米。アリゾナの心理学専門大学院でカウンセリングなどを、翌年はサンディエゴ大学の大学院で、アスレティック・リタイヤメントを学ぶ


2001年
知人と「有限会社MJコンテス」を設立。様々な競技の選手から一般人まで幅広い層に向けたメンタルトレーニング、アスリートのキャリアトランジション開発、講演や研修会、執筆活動を行っている


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【関連リンク】
MJコンテス 
個人の公式ブログ 京ランド 


【プロフィール】
田中ウルヴェ京(タナカ・ウルヴェ・ミヤコ)
1967年東京都生まれ。聖心女子学院初等科在籍中の10歳から、シンクロナイズドスイミングを始める。86年に全日本ソロチャンピオンとなり、日本大学在籍中、88年ソウルオリンピックデュエットで銅メダルを獲得。89-91、94-98年日本ナショナルチームのコーチを務める。現在は共同経営の会社でメンタルスキル関連の事業を行う。


*JOC発行の「キャリアトランジションvol1」(2004.11発行)をWEB用に改稿して、掲載しています。

                                              (取材:2004年9月)