競技生活を続けながら 興味を抱いた道を探った
水泳留学中に演劇と出会い
俳優への転身を決意
「最近、やっとセリフのある役をいただけるようになりました。10年近く頑張ってきた甲斐がありましたね」
水泳選手として2度オリンピックに出場した藤本隆宏さんは、26歳で現役を退いて以来、俳優として活躍している。自らの強い意志で役者という職業を選び、地道な努力を続けることによって道を切り開いてきた。
ソウルに続いて出場したバルセロナで決勝進出。アトランタ大会を目指してオーストラリアに水泳留学していたときにミュージカルを見たのがキッカケだった。
「息抜きのつもりで見に行ったのですが、猛烈に感動したんです。それで暇をみつけて演劇やミュージカルに足を運ぶようになり、自分も舞台に立ちたいと考えました」
それからの行動は素早かった。日本に帰国するやバレエや声楽のスクールに入所。水泳の練習の合間にレッスンを積み、劇団のオーディションに挑戦。そして、アトランタ出場をかけた大会で代表を逸したのを機に競技生活を引退し、俳優への道を歩みだした。
何か興味を持ったら
できることから始めてみる
選手時代から行動を起こしていたわけだが、それについてはこういう。
「選手を続ける限り、脇目もふらず練習に打ち込むべきだという見方もあるでしょう。しかし、ほかに何か興味を抱いたなら、できることから始めてもいいと思う。僕は、水泳のほうも中途半端のまま終わりにするのは嫌だったので、アトランタの国内予選まで続けましたが、これだという確信を持った時点で次の道に進むという選択肢もあると思います」
さらに藤本さんは続ける。
「日本を代表するまで上りつめた選手なら何をやっても成功できると思います。努力するということにかけては、誰にも負けないものを持っているはずですから。だから、何にせよ自信を持って挑んでほしい。僕自身もまだ役者として成功したとはいえないので、これからも死に物狂いで頑張るつもりです」
現在に至るまでの軌跡
1992年
バルセロナオリンピックに出場。400メートル個人メドレーで決勝進出を果たすもメダルには届かず、選手生活を続行
1993年
オーストラリアに単身水泳留学。現地でミュージカルを見たことをキッカケに俳優という職業に興味を抱く
1995年
日本に帰国。選手生活を続けながら俳優のレッスンを開始。新聞で知った劇団四季のオーディションを受ける
1996年
日本選手権で3位に終わり、アトランタオリンピック出場を逃す。これを機に引退し、劇団四季に入団。俳優として第一歩を踏み出す
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【プロフィール】
藤本隆宏(フジモト・タカヒロ)
1970年福岡市生まれ。小学校2年のとき水泳を始め、18歳でソウル、22歳でバルセロナと2度オリンピックに出場。26歳で引退し、劇団四季に入団。シェークスピアなど数々の舞台を踏む。28歳のとき劇団四季を退団。以降、東宝ミュージカルなどの舞台を中心にテレビ、CMなどで幅広く活躍中。
*JOC発行の「キャリアトランジションvol1」(2004.11発行)をWEB用に改稿して、掲載しています。
(取材:2004年8月)