オリンピックとは何か。どんな気持ちで北京オリンピックを目指しているか。
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(実際はここに所収させていただいた対談の、5倍の量の興味深いお話があったのですが、画面の都合で最後にひとつの質問をご紹介して終わります)
お二人にとって“オリンピック”とは何ですか?
塚田
うーん、難しい質問ですよね。柔道はこの時期まだ代表が決まっていないので、私はまず代表権を獲ることに今は集中しています。ただ、アテネオリンピックから4年間経って、自分自身の中でいろいろ成長した部分っていうのを、思う存分出し切るための、自分の集大成だという意気込みで臨みたい。今までやってきたことを一つ残らず全部出したい。人生でもう一回、オリンピックが経験できたら、最高に素晴らしいと思います。世界選手権とはやっぱり違うんです。違うけれども、モチベーションという部分では全く意識しないで、やっていきたい。オリンピックを目指すなら、やっぱり次も金メダルだと思っています。
上野
オリンピックで金メダルを獲ることが、ずっと夢でした。私が中学校のときに、ソフトボールが初めてオリンピックの種目になったんですよ(注:1996年アトランタオリンピック)。その時に初めて、ソフトボールでもオリンピックに出られるんだということを知ったんですね。それで、「自分もソフトボールを頑張って、オリンピックに出たい」って、思ったのがきっかけで、今の私がある。いつから意識したかは、はっきりしていないんですが、物心ついたころから、オリンピックという大会に、ずっと出たいって思っていました。オリンピックがどんなにすごいものかって、これっぽっちもわかってなかったのに。ソフトボールをやる前は、長距離を毎日走っていて、当時は、あんまりマラソンは好きではなかったけれど、「マラソンでオリンピックに出たい!」みたいなあこがれはありました。なんの根拠もなく「オリンピックで勝つと、世界で一番すごいんだ」「世界一になりたい」と勝手に一人で思ってて。で結局、ソフトボールの方が楽しかったから、陸上はやめてしまって。やめたときに、ソフトボールでもオリンピックに出られるのがわかって、ずっとオリンピックに出ることが目標でやってきた。
オリンピックの大きさは、アテネオリンピックに出て、初めて知りました。オリンピックって、世界選手権と全然違うっていうか、ものすごく重みのある大会なんだなって。相手チームの形相というか、賭けてくる思いが全然違ったんです。だから本当に、オリンピックで勝てば、本気を出しきった人たちの中で、本当に勝てたということなんだと思いました。世界選手権って、時々どこかで少し流すようなところがあるんです。どのチームもオリンピックを考えて、オリンピックで勝つための試合をしてくる。世界選手権では絶対インコースは打たない、っていうチームも出てくるんですね。追い込んでて、見逃し三振してもいいからインコースは打つなとか、そういうことをやってくるチームがある。
初めてオリンピックで戦ったときに、各国・地域の選手たちの形相が、今までと違ったのはかなり印象的で、「あぁオリンピックっていうのは、やっぱりすっごいなぁ」って。賭けてる思いが全然違うんだな、っていうのをひしひしと感じて、「オリンピックで勝つのは難しい」って思った。プラス、「ここで勝てば、本気で世界一だ」と。
だからそういった意味ではオリンピックは特別っていうか、北京オリンピックでは絶対に勝ちたい。自分にとってオリンピックは小さなころからの特別な夢でしたし、北京ではアテネのリベンジを果たしたい。その後のことは、先ほどお話したように、自分なりに何年か考えて、漠然とですが方向だけは見えてきているので、今は集中して北京オリンピックに臨もうと思っています。
強い言葉で締めくくってくれた二人。自分への誓いもこめて、相手に一言メッセージを添えてサインを書いていただきました。

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【塚田真希(ツカダ・マキ)】
1982年1月5日生まれ、茨城県出身。169cm、四段。 土浦日本大学高等学校から東海大学に進学。大学院卒業後、現在、綜合警備保障所属。第28回オリンピック競技大会(2004/アテネ)78kg超級優勝。 2002年?2007年皇后盃全日本女子柔道選手権優勝(6連覇)、2003年?2007年全日本女子柔道選抜体重別選手権大会78kg超級優勝(5連覇)。2007年世界柔道選手権大会・無差別級優勝。2007&2003年世界選手権78kg超級・準優勝など。
【関連サイト】
■塚田真希:所属チーム・綜合警備保障株式会社 柔道部
■JOC公式サイト アスリートメッセージ「塚田真希」
【上野由岐子(ウエノ・ユキコ)】
1982年7月22日生まれ、福岡出身。173cm。ルネサス高崎に所属。小学校3年生からソフトボールをはじめ、中学校時代に全国制覇、九州女子高3年生のときに国体優勝を果たす。世界ジュニア選手権で優勝し、高校生でオリンピック代表入りが期待されたが、腰椎骨折で断念。01年に日本代表に選出され、当時の日立高崎に入社。02年の世界選手権・中国戦では完全試合を達成。日本は銀メダルを獲得。同年アジア大会で日本初の金メダルを獲得。アテネオリンピックでは、史上初の完全試合を達成し、銅メダル獲得に貢献。2006年世界選手権は銀メダル。世界最速投手の称号を持つ。
【関連サイト】
■上野由岐子:所属チーム・ルネサス高崎 ソフトボール部
■JOC公式サイト アスリートメッセージ「上野由岐子・山田恵里」