現役時代にやっておくべきこと(6) 越 和宏さん【1】

自分の調子がいいときも、悪いときも
誠実に人とつきあうことが大切


koshi3.jpg「自分が生きていくには、"競技""仕事""恋愛(家庭)"の3つが、どれも同じくらい大切なものだと思ってきました。競技を続けていくうえで、仕事や恋愛をなおざりにはしたくはありませんでした」

そんな越さんが、結婚のために競技を断念しかけたことがあるという。
27歳のとき、アルベールビル冬季オリンピックのボブスレーの日本代表に落選してしまった。当時、越さんは婚約していたが、落選を機に、今度は何か新たな競技で頂点をめざしてみたいという気持ちが強かった。そのとき出合ったのが、スケルトンだった。だが、競技を支援し、働かせてくれる会社がどうしても見つからない。

「嫁さんを食べさせていけないなら、競技はあきらめるしかないと観念しかけました。後にも先にも競技を辞めようと思ったのはその1度だけです」


競技者は極限まで追い詰められると、思わぬ力を発揮する。
「それは仕事や恋愛の場面においても同じです。彼女と別れたくない。競技も続けたい。ならば、どうすれば仕事を見つけられるだろうかと、必死になって考えたらアイデアが浮かんできたんです」


起死回生の"自分売り込み大作戦"。まずは自分を紹介し、アピールするダイレクトメールを作成。ここなら採用してくれるかもと感じた企業を、電話帳から136社ピックアップして、封書を送った。「これだけ出せば、10社ぐらいは何か反応があるだろう」。期待して連絡を待ったが、1週間を過ぎても、電話は1度も鳴らなかった。甘かったと思い知らされたが、一方で、どう行動してよいかわからなかったころに比べれば、そのときの自分ができることをやるだけはやってみたということで、腹もすわったという。「あと2回、同じことをしてダメなら、それからのことはそのとき考えよう」。そう決めて、再び送り先をピックアップしようとしていた矢先、封書を送った136社の中の1社から申し出があり、競技続行が決まった。


「うれしかったですよ。自分は崖っぷちに指一本でも引っかかっているうちは何とかなるし、何とかできるんだと、あらためて信じられるようにもなりました。競技者は限界のラインを自分で引いてはいけないんです」。あきらめた瞬間、そこでレースは終わる。常に限界と闘い続けてきた競技者は、追い込まれ、それを乗り越えていくうちに、力と自信をつけていくのだ。


koshi4.jpg スケルトンはソルトレーク冬季オリンピックで正式種目になった。越さんは37歳で初めてあこがれの舞台へ。だが、オリンピック選手になっても、スケルトンという競技は、安定した支援が約束されているわけではない。

「こんな時代にどうすれば企業に支援をいただいたり、多くの方に応援していただけるのか。今日までずっと考えてきました。まず気がついたのは"競技者だけが特別な存在ではない"ということでした」


ビジネスマンも競技者も、日頃から様々な努力をして高い業績を上げることをめざしている。大きな仕事をするには、取引先との間に信頼関係が必要だが、それを得るために大事なことは、「泥臭いかもしれませんが、今も昔も基本は"義理人情"だと思います」

「人間関係はまずあいさつ、礼儀から始まるもの。若い選手には、ごちそうになったら、お礼のメールを入れること、お世話になっている企業には、たとえ短い時間の勤務でも、少しでも役に立つように工夫したり、時には朝早く出社して掃除のひとつもしようと言っています。こんな時代に出資してくださる企業がある。それならその分をお返しするのは、人としての当然の務めだと思うんです」


自分の生き様を人に見せることは、支援を受けている競技者の仕事のひとつだ、とも言う。
「誰もがやっている程度の努力をしたところで、それは努力といえない。1番になろうとする人にしかできない努力をして、初めて人に何かを感じ取ってもらえるし、応援してもらえると思うんです」


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