現役時代にやっておくべきこと(4) 寺尾 悟さん

社員として競技をしていることに、
誇りと責任感を持って取り組んでいます


terao1.jpg勤務先のトヨタ自動車では、海外向けの高級車の商品企画を担当する部署で働いている。「遠征があると休まざるをえないですし、つらい部分がないと言ったらウソになりますけど、会社の最前線の仕事ができることには、やりがいを感じています。まったく同じようにはできなくても、その分、僕は僕にしかできないことを任せてもらっている。それはショートトラックで活躍するということ。自分のやっていることで、人を励ましたり喜んでもらうことは誰にでもできることではない。僕は誇りを持って競技に取り組んでいます」


ショートトラック選手の多くは、大学卒業と同時に競技を辞めていく。支援企業が少ないからだ。寺尾さんも卒業後は引退し、銀行員になろうと大学は社会学部へ進学した。
「長野冬季オリンピックで完全燃焼して、引退するつもりだったんですが、くやしい負け方をして、終われなくなってしまって…」


卒業後は学校に残って体育を勉強した。1年後、トヨタ自動車の入社試験を受け、合格。大学院に進んで競技を続けるより、社会に出て競技と仕事を両立してみたいと考えての選択だった。
「入社して仕事や研修で練習量がだいぶ減ってしまったときは、不安にもなりました。慣れない仕事に疲れていたのか、練習場にくると今までより楽しんで滑っている自分に気づいたこともありましたね。給料をもらいながら会社を休んで、競技をやらせていただいている。その重圧がいい意味でモチベーションにもなりました。自分にはがんばる責任があるんだから、何が何でもやらなくてはと」


yokatta_terao.gifソルトレーク冬季オリンピックでは、初めての決勝進出を果たした。26歳。自分より年上の選手は世界にもいなくなっていた。トリノをめざすかどうか。1年間は練習量を抑えて、むしろ仕事量を増やして考え抜いたという。
「親から“もう十分でしょ。見ていてもつらい”と言われました。でもまだどこかで完全燃焼し切れていない自分がいたんです」


yatteokeba_terao.gif現役続行を決意して以来、今までのスケーティングをいったんリセットして、パターン化されていた自分を変えようと試みている。
「いつか、ショートトラックの指導者になりたいと思っています。そのためにも、引退後は社業に専念するつもりです。まず組織でしっかり仕事をして、自分の枠やキャパを広げて、それから現場に戻りたい」
敗北や理不尽な判定もあった。だがどんな結果が出ても、潔く受け入れる強さを身につけられたという。「腐らず、次につなげていけばいいんです」。


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【関連リンク】 ●寺尾悟のホームページ http://www.satoru-terao.com/


【プロフィール】
寺尾 悟(テラオ・サトル)
1975年愛知県生まれ。小学校3年でアイスホッケーを始め、4年生のときからショートトラックに転向。中京大学社会学部を卒業後、1年間同大学の体育学部での研究生を経てトヨタ自動車(株)に入社。オリンピックは高校生で出場したリレハンメル大会から、長野、ソルトレーク、そしてトリノと4大会連続で出場。トリノでは500mで6位入賞を果たした。
*JOC発行の「キャリアトランジションvol3」(2005.8発行)をWEB用に改稿して、掲載しています。


                                                 (取材:2005年6月)