現役時代にやっておくべきこと(2) 松下 浩二さん

めんどうなこと、わずらわしいことを、
自分で引き受けたことで精神的に強くなれた


matsusita2.jpg大手企業の社員という待遇を辞して、日本初のプロの卓球選手になったのは25歳のときだった。大学時代、スウェーデンのプロリーグで、勝つ以外に生活の手段を持たない選手たちを見て「世界で勝つにはこの選手たちのように、リスクを背負わなければ強くなれない」と痛感。入社3年後に自ら決断した。
「どうせなら誰もやっていないことをやって、歴史に名を残したいというのもありました。保証のない生活を心配されましたが、それからはがむしゃらに卓球をしました。先のことなんて考えず、強くなることだけに集中してましたね。卓球を一生懸命やって自分さえしっかりしていれば、食いっぱぐれることはないと信じていました」


yokatta_matsusita.gif全日本選手権のシングルス・ダブルスで優勝を重ね、28歳の世界選手権ダブルスで銅メダル、31歳の同大会では団体で銅メダルを獲得。その間、ドイツとフランスのプロリーグに参戦。世界を駆け巡って7年が過ぎた。
「リーグの契約や遠征の準備、スポンサーとの交渉など、わずらわしいこと、めんどくさいことの一切を、全部自分でやりました。トラブル対応を重ねるうちに、何があっても動じない人間に鍛えられました。遠征先で何があっても、焦ることはないし、日本にいるのと同じ気持ちで戦えました。日本人は整った環境にいることが少なくないので、その便利さが、人間を弱くしているようにも思う」


シドニーオリンピック後、将来のことを考えるようになった。卓球界に何か貢献したいと、自分の会社を設立し、中国でイベント大会を開催したり、さまざまな角度から世の中に卓球を見せる工夫を実践し始めた。


yatteokeba_matsusita.gif「早い時期から語学をある程度身につけていたので、海外のトップ選手たちと、いい友人関係を築くことができました。おかげで彼らに声をかければ、仕事はワールドワイドに広がっていくし、情報も早く手に入る。国内外にかかわらず、卓球を通して、人と人とのつながりをしっかりとつくっておいたことが、大切な財産になりました」
経営者になって、あらためて企業と選手の関係について考えさせられたという。「今の時代、企業はメリットの見えないものにお金を出さないのが普通です。企業に頼ってばかりいたら、選手はあとで困ることになる。自分でできることは、自分でやらないと。感謝の気持ちを忘れず、モラルや常識に反さず、人として誠実につきあっていれば、人は見捨てません。プロとして苦労したきたことに、ムダなことは一つもなかった。あのとき決断して、本当によかったと思っています」


                                               

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【関連リンク】
team matsushita  松下浩二公式サイト


【プロフィール】 
松下浩二(マツシタ・コウジ)
1967年愛知県生まれ。明治大学を卒業後、協和発酵、日産、グランプリ、ミキハウスを経て、現在はグランプリに所属。93年に日本人初のプロ卓球選手に。スウェーデン、ドイツ、フランス、中国リーグに参戦。オリンピックはバルセロナから4大会連続出場。97年世界選手権はダブルスで銅メダル獲得。
*JOC発行の「キャリアトランジションvol3」(2005.8発行)をWEB用に改稿して、掲載しています。
         
                    
                                                 (取材:2005年6月)