現役時代にやっておくべきこと(1) 庭田 清美さん

趣味が高じて強化指定選手に。
目の前に来たチャンスをつかまえてきた


niwata1.jpg輝かしい競技歴もなく、アスリートとしてデビューしたのは26歳。それまでは一般企業で働き、結婚して主婦生活を送っていた。そんなある日、知人に誘われ、渋々参加したレースでトライアスロンの楽しさを知った。「もっと突き詰めてみたい」。それが、気がつけばシドニー、アテネとオリンピック2大会連続出場を果たし、オーストラリアのゴールドコーストを拠点に、北京オリンピックを目指す自分になっていた。34歳になり、いわゆる“ベテラン”の域に達したが、今年も出場した各大会で上位入りを果たすなど、昨年を上回るペースで成長を遂げている。


転機は初めて出場したシドニーオリンピックの直後に訪れた。予想以上の急成長による日本代表入り。いつしか「どこかでやらされ感を持つようになっていた」。悔いが残った。
「自分はまったく自立していなかった。もっとトライアスロンをとことんやってみたい」。競技環境を変えようと、海外に活動の拠点を求めた。
yokatta_niwata.gif「以前から強豪国のオーストラリアには漠然と興味がありました」。中でもトップといわれる有名コーチに「チームに合流させてください」とアタックをかけた。「当時は英語がまったくできなかったので、近くにいた英語の達者な友人をつかまえてコーチに懇願したんです。住まいもちょうどゴールドコーストに一軒家を借りるという知人がいたので、便乗して確保しました」。今がチャンスだと思ったら、迷わず飛びつく。それが庭田さんの生き方だ。


yatteokeba_niwata.gif単身オーストラリアに渡った庭田さんに、日本から聞こえてきたのは「夫に、妻の都合で別居生活を強いていいのか」という声。世間が求める、“主婦アスリートはこうあるべき”像に合わなかったからだろうか。「自分の人生だからわがままと言われても、現役のうちは妥協したくない。常識にとらわれず、一方では結果を出すことで家族を納得させようと思って渡航にふみきったんです。 最初はとまどっていた夫も、マラソンを始めるなど、競技に理解を示し、今では第一のサポーターとして温かく応援してくれている。


収入はレース賞金やスポンサー支援のほか、帰国した際には講習会などに出て得ている。
ゴールドコーストでは海外のトップアスリートたちと練習を共にすることで刺激を受け、体力的にも技術的にも向上。苦手な英語も日常会話には困らない程度まで上達した。メンタル面もタフになり、海外に来たメリットは計り知れないという。
「こんなに自分が変わるなんて、思ってもみなかった。先が見えないのもまた一興です」


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【関連リンク】
Mスポ「庭田清美のプロフィール&連載コラム」


【プロフィール】
庭田 清美(ニワタ・キヨミ)
1970年茨城県生まれ。専業主婦時代、趣味でトライアスロンを始め、96年ワールドカップシリーズ初出場。以来、日本の第一人者となり、オリンピックはシドニー、アテネの2大会に出場。現在はオーストラリアのゴールドコーストを拠点に、活動中。所属は、アシックス・ザバストライアスロンチーム。
*JOC発行の「キャリアトランジションvol3」(2005.8発行)をWEB用に改稿して、掲載しています。