新しい道を切り拓くには(4) 有森裕子さん

スポーツの持つ力で、社会に貢献できればと
アスリートを応援する会社を設立


arimori1.jpg対人地雷被害者支援とエイズから青少年を守ることをテーマに、有森裕子さんが主催している国際チャリティマラソンも、今年で10年目を迎える。有森さん自身がカンボジアで行われるそのレースに8回参加しており、現地に暮らす人たちがどう変わっていくかを、見守っている。


――カンボジアの人たちに、レースを通して何を伝えたいと思って、続けてこられたのですか。


「一番願っているのは、カンボジアの方たちが自分たちで考え、誇りを持って、何かを立ち上げていこうという意識を高めてほしいということでした。カンボジアは支援に慣れていることもあって、何かをしてくれることをただ待っている人も少なくありません。でもマラソン大会を始めてから、おもしろそうだからと自発的に人が集まってきたり、両足のない孤児の少女が“すごく楽しかった。私ももっとがんばって生きたい。自分ができることを精一杯やります”と職業訓練校に通うようになったりしたんです。彼女とは毎年会っているんですが、手に職をつけ、英語も話せるようになって、どんどん自立して成長しています。私はそんな彼女から勇気をもらっているし、スポーツの持つ力が、人に何か生きる力のようなエネルギーを与えることができるんだということを、実感させてもらっているんです。すぐには変わらなくても、微力でも、できることは、ずっと続けていきたい」


――引退後、自分で会社を設立されましたが。


「実はまだ引退はしていないんですよ。マラソンをあと1本走って、プロのランナーを卒業できればと思っているんですが…。会社の設立は、“キャリアを切り替えた”というのではなく、“従来の仕事に新しく加えた”と、とらえています。アスリートである自分は、多くの人たちに支えてもらってきました。そのことに感謝して、今度は自分ができることで何かを社会に返していきたいと。私だけでなく、“スポーツが持っている力でこんなことをしてみたい。自分の可能性にチャレンジしたい。人の役に立ちたい”といった、主体的な意志を持ったアスリートたちといっしょに、いろんなことができたらと考えて、“活動を応援する会社”を始めたんです」


――競技をしていても、社会の感覚から外れてはいけないと常々おっしゃっているそうですが。


「その競技の世界ではそれなりの実績を持っていたとしても、社会一般から見れば、それだけで特別扱いされるというものではないんです。待っているだけでは始まらない。私自身も新しい機会や人との出会いを求めて、もっとやりたいことを探しに、自ら動きたいと思っています」


オリンピックの達成感を今の生活に期待しても無理
g_arimori.gifオリンピックのレースでゴールしたときの、あの何ともいえない高揚感や達成感は、ほかのことではなかなか味わえないものだと思います。日常の仕事には、競技のような明確な勝ち負けはつかないことが多いので、昔と比べてしまうと最近はやや物足りないかなというのもあって、グラフでは数値を抑えています。


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【関連リンク】
株式会社ライツ
有森裕子・公式ブログ


【プロフィール】
有森 裕子(アリモリ・ユウコ)
1966年岡山県生まれ。日本体育大学卒業後、89年リクルート入社。バルセロナオリンピックで銀メダル、アトランタオリンピックで銅メダル。2002年 4月(株)ライツ設立、取締役就任。現在はNPO「ハート・オブ・ゴールド」代表、国連人口基金親善大使、国際陸連女性委員会委員。リクルートAC所属。
*JOC発行の「キャリアトランジションvol2」(2005.3発行)をWEB用に改稿して、掲載しています。